私は長年、芸術創作活動(商業音楽制作・CM制作・ナレーション業務等)と、情操教育を職業としていました。感情的な部分に触れる職業だったためか、以前から癒しを必要とされる方々との交流が多くありましたが、当時は催眠療法士(ヒプノセラピスト)になるとは、想像もしていませんでした。
優しい妻に恵まれ、普通に結婚し、そんな幸せな生活も二年目となった頃、妻はメンタル状態の異変を訴えました。十代の頃からメンタルに違和感を抱えていた妻は、この異変に自分で気付き通院。しかし「通院ではなく入院した方が良い」と言う医師の薦めもあり「これを期にしっかり治そう」と二人で話し合い、入院治療を開始しました。
入院直後から薬物療法が進められましたが、副作用と思われる影響で寝返りすら出来ない状態が約50日続き、妻は心身共に切迫する疲労感を訴え「退院したい」と繰り返します。
私はそんな妻をなだめながら入院治療を続行させていましたが、徐々に私も、この入院続行に不安を感じはじめました。
『痙攣や身動きが出来ないと言う現状は副作用ではないのか?』と何度も病院に質問しましたが、『投薬=副作用と言う意識が、症状を助長している』と言う見解と、『二週間様子を見ましょう』との事でした。妻は医療従事者だったので、確かに投薬による先入観≠ニ言う事もあるかも知れません。ただ、投薬のみで心理療法等は行われません。『薬物療法しか手立てがないのか?』と、妻も私も不安を募らせました。
そんなある日、妻に『私が君のセラピストカウンセラーになるか!?』と、少し冗談交じりに話したのですが、意外にも妻が『なって!絶対向いてると思うの!』と、痙攣する目元をほころばせ、精一杯の笑顔を見せてくれました。これが最後の笑顔でした。
やがて妻は「これ以上あなたに迷惑を掛けられない」と繰り返すようになり、数日後…病室で自ら命を絶ちました。
※私は「医療」を否定している訳ではありません。最後まで尽くしてくれた看護師方々には、今も感謝しています。
この受け入れ難い現実に、私はただ悲嘆しました。
しかし、妻の最後の笑顔を思い出し「妻は私が悲しみに暮れて過ごす事を望んではいない」と直感しました。「妻の心を癒す手段、可能性はなかったのか?」「人がより良く生きるにはどうすれば良いのか?」と様々な探求を開始。そして催眠療法を探求する中で「人は心の奥底にある潜在意識の片隅に、自分でも気付かない手掛りを秘めている」と言う答えに触れました。
同時に催眠療法中に『前世記憶』を述べ始めるクライアント様との出会いにより、『前世療法』についても、同名著者DrブライアンLワイス(精神科医師)が認定するJHAから専門技能を修得。
催眠療法は、私の今までの人生観その物さえも転換させる大きな気付きとなり得るものでした。
このような体験が「私はなぜ催眠療法士になったのか?」と言う動機です。自己紹介で書くには相応しくない内容だったかも知れませんが正直に書き綴らせて頂きました。
催眠療法が、クライアント様のより良い人生≠ノ役立てば本望です。また、 クライアント様の潜在意識に触れる者として、頑なに『誠実さ』を抱き続けて行く所存です。